コラム 闘病日記

友達のドラフト

松田との出会い

先日、友達のドラフトを豊田講堂に見に行った。大学1年のころ、僕は野球部に所属していた。ドラフトで中日ドラゴンズに指名された松田との出会いは、新入生オリエンテーションだ。

 

同じ経済学部だったからか、親しみやすい性格だったのか、会ったばかりでなぜか仲良くなって、野球をやりたいと言っていたのを聞いて結構話した。そして、なぜかボーリングに行った笑

 

高校野球はやってないと聞いて、バレーボール部だったと聞いたのでスパイクを打っていたのかなと思ったら、なんとリベロだった。正直驚いたし、野球ってそんな簡単じゃないしついていけるのかなと思っていた。

 

初めての投球練習の衝撃

野球部の練習で投手をやると言っていたので、僕は捕手志望だったからブルペンで受けた。

高校野球をやっていなかった選手が投げるには恐ろしい球威とものすごくキレの良い変化球を投げ込んできた。

初めて、ボールを受けて怖いと思った。140キロ投げる投手を受けたことはあったが、それ以上に怖さを感じた。

 

そして、入部してすぐに松田は、

『俺はプロか社会人で野球をやる』

と言ってきた。

 

冗談かなと思ったけど、少年の頃の笑顔というか真剣さを感じた。

練習中の野球に対する姿勢は誰よりも真剣で、野球が大好きであることが伝わってきた。

 

それから、練習中にうまくいかないと自分自身に対して怒る。これは僕になかったことで、それだけ必死になれていた証拠だ。

 

別々の道に

僕自身それから怪我をしてしまい、あまり練習で受けることはなくなり、治る目処が全然立たなかったので退部することにした。

 

新しい道への決断も大事なことであると思ったから、夏に事情を話して去ることとなった。

その後、松田と話す機会は減ってしまったが、試合結果や近況の調子などをLINEで聞いていた。4年生の春先からプロのスカウトが見にきていることを聞いて、これはもしかしたらプロにいけるのかもしれないと感じた。

 

僕自身、春先にガンであることがわかって、大変な時期だった。でもその時期に春のリーグ戦の結果を知って、松田や同級生の活躍を聞くたびに自分も頑張って治そうと思えた。

 

ドラフト指名を待つ豊田講堂へ

秋になってドラフトの日程を調べていたら、ちょうど抗がん剤の副作用も落ち着いている週がドラフトだった。だから僕は松田にお願いしてパブリックビューイングをさせてもらうことにした。

人生で一回あるか無いかの瞬間に立ち会うこと、僕の中では夢のような瞬間だった。

 

支配下の1〜7巡目が終わって、選択終了の文字が並び、これは選んでもらえないのかな?会場の空気が重くなっていくのを感じた。

 

それでも、ツイッターで中日ドラゴンズが育成指名に参加することを知って、ひょっとしたらというか、選ばれるならここしかない、指名してくれと祈った。

 

育成指名が始まって、中日の指名で、「まつだ」と聞こえた瞬間体が勝手に浮き上がった。周りの歓声がすごかった。松田自身もホットしたというか嬉しそうな顔をしていた。僕は写真にその瞬間を納めた。

胴上げ前に、「おめでとう」と言えることができ握手をかわすことができた。

 

これから結果を求められていく厳しい世界に入っていく彼を全力で応援したい。きっとたくさんの壁にぶつかって、苦しい時もあるかもしれないが、彼の持ち前の明るさと野球への気持ち、野球の探究心は誰にも負けないと思う。

 

数年後、彼がナゴヤドームで投げている姿をドームに足を運んで見たい。

 

僕の生きる意味のひとつがまた増えた。松田には本当に感謝している。

 

「生きる目標をくれてありがとう」

 

 

 

 

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