闘病日記

9の幸せの定義

食事ができること

人が生きるために必要なことである食事。誰しも基本的にご飯を食べる事が大好きだと思う。

 

世の中にはたくさんの食べ物があって、人が改良を加えたものもあれば、自然にできた食べ物もある。そして人が大切に育てたものもある。

 

色々なものを食べる事によって僕たちの体は作られている。だから僕にできる最大限の感謝の気持ちを込めて物を口にする。

 

僕は大腸がんで約3週間ほど物を食べる事が許されなかった。3週間ぶりに最初に口にした食べ物は飴だった。人生で一番美味しい飴だと感じた。

食べる事ができるという事がいかに幸せであるかということを体感している。

 

大切な存在がいること

僕には大切な存在がたくさんいる。

家族、親戚、友達、先生。

支えてくれる人、応援してくれる人。

僕の家族になってくれたワンコたち。

 

数え切れないくらいたくさんの大切な存在がいる。

 

大切な存在がいることで生きる力になる。

 

日光を浴びられること

日光を浴びた時、僕の身体が活動状態になって元気になる。光合成はできないけど、光合成したつもりになって光を取り込んでいる笑

 

日光を浴びることによって体内でビタミンEを作る事ができるなど、日光には様々な利点がある。

 

これも数週間の入院の時に感じた。陽の光を浴びないと元気が出ないし気分も下向きになる。僕よりも長い期間入院している人もいるが、僕の短い期間でさえもそう感じるのだからなおさら辛く感じると思う。

 

自然界に置ける日光は途轍もない秘めた力を持っていると思う。

 

日光を浴びるといつもよりも元気になったように感じるし自分も笑顔になる。それがきっと幸せな事。

 

思い出があること

人にはたくさんの思い出がある。嫌な思い出も良い思い出も。

たくさんの記憶の中に僕、あなたの人生が詰まっている。

全ての思い出に意味があり、生きた証である。

 

思い出によって人は笑うこともできるし泣くこともできるし悲しむこともできるし幸せを感じる事ができる。

僕には嫌いな思い出はほとんどない。なぜなら思い出が嫌いだと自分自身を否定することになると思うから。

 

健康な体があること

これは声を大にして言いたい。健康であることがどれほど幸せであるかということをこの一年で痛感してきた。

五体満足である事はとても難しい。だから健康な体を持っている人は今ある幸せを手放さないよう意識して運動したりストレスを解消したりしてほしい。

 

食生活だってそうだ。健康な体を作るためにとても重要だ。

 

今の僕にはもう手に入らない物なのかもしれないし、もしかしたら奇跡が起きて以前のような健康な体になれるかもしれない。

病気になってからではなくて今を大切に健康な体で幸せな日々を送ってほしい。

 

人のために生きられること

僕が病気になる前から感じていた事だが、「誰かのために何かをする」ことができる人は幸せそうな人生を送っているように見える。

 

自分のために生きるのは当然だけど、それ以上に周りの人を大切にする。そうすればきっと見えなかった部分が見えてきて幸せな空間を作る事ができると思う。

 

今の僕にできる人のために生きられることは、がんなんかに負けないで元気に生きる姿を見せる事。そしてこうやってブログを書いて誰かの役に立つ事。

 

感情を表現できる事

泣いたり笑ったり怒ったり悲しんだり。

たくさんの心の中にある感情を言葉と身体で吐き出す事ができる人間はとても幸せな存在であると思う。

 

伝え方は別に下手でもいい。自分の思った感情を出す事が幸せに繋がる。

 

がんになってからたくさんの渦巻く感情を表現してきた。自分の感情が伝わった時にスッキリする。

 

時間があること

人には同じ時間があり、平等な時を過ごしている。人生の長さに違いはあるが、今、この瞬間は皆平等に与えられている。

 

僕にもあなたにも。

 

誰かにとっては無駄な時間を過ごしたっていい。あなたにとって有意義な時間となったのならばそれを幸せと呼べるだろう。

 

生きていること

最後に言いたいことは、生きていること。これが最大の幸せである。

 

生きていればたくさんの経験を積む事ができる。

 

長く生きる事が幸せと一概には言えないけれど、死ぬことよりはきっと幸せなことであると思う。

治療が辛い。そんなのわかっている。でもそれを乗り越えた先に絶対に楽しい事が待っている。

 

だから生きていることこそ幸せなんだと思う。

 

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